僕は指の動きを止めた。
僕の唇は一気に乾き
僕の指先は冷たく冷える。
僕はなんとなくうつむいていたのだけど
視界に入った白いスニーカーに
僕の目玉がくぎ付けになる。

顔を上げる勇気はなかった。

おちつけ、
おちつけ、と僕は自分で繰り返す。
首の関節がぎゅうぎゅうと音を立てる感じがした。

「圭吾ちゃん・・・。」
「ちゃんじゃないだろ?
一人できたの?」

僕の前に立っているのは圭吾ちゃん。
ジーパンに青いトレーナー姿の圭吾ちゃんだ。

「うん・・・一人。」
「俺、美紀と一緒。」

圭吾ちゃんはにっこり笑った。
それはとても優しい笑顔で
僕のよく知ってる圭吾ちゃんだ。
そうか。
美紀ちゃんと一緒なのか。
僕は少しほっとした。
僕は目で美紀ちゃんの姿を探そうとした。
とにかく早くこの場から離れたかったんだ。

「なんだよ。」

すると圭吾ちゃんは僕に体を引っ付けてきたんだ。
僕は視界が圭吾ちゃんの体にさえぎられて
圭吾ちゃんの体しか見えないんだ。

「おかしな行動をとるなよな。」
「・・どいてよ。」

僕よりふた回りは大きい圭吾ちゃんは
中学3年生だけど180センチくらい背があるんだ。
僕は何とか体をずらそうとするけど
自販機と圭吾ちゃんの体に挟まっちゃって
どうしても動けないんだ。
嗅ぎ慣れた圭吾ちゃんの体臭が僕の鼻につんとくる。
僕の視界に圭吾ちゃんの顔が入った。
圭吾ちゃんは笑ってる。
にっこり笑っている。

こわいよ。

店内は人がたくさんいるけど
それはただ「いるだけ」なんだ。
人間なんか大勢いたって
ただ「それだけ」なんだ。

「おまえさあ」

圭吾ちゃんの手が僕の方へ伸びてくる。
自販機の明かりのほうに僕の顔をむかせるように
大きい硬い手で僕の髪をむしるようにつかむ。

「そういう風にびくびくするから
からかわれるんだ。」
「・・・いたいよ、
圭吾ちゃん。」
「それがまた
からかいがいがあるとこだよなあ、
まあちゃん。」

はじき出されるメダルの音がする。
ジャラジャラといつまでもいつまでも続く。
大音量のバックミュージックが 趣味悪く流れていて
僕の小さな声をかき消してしまう。
耐え切れない金属音が僕の頭にぐさぐさ突き刺さる。

「おまえさあ
俺の言うこと守ってる?」
「痛いよ・・・」
「昼飯のあと、ちゃんと歯、みがいた?」
「・・・やめてよ」

僕は両腕を突っ張って
圭吾ちゃんの体をつきはなそうとした。
顔が真っ赤になり
手のひらがびっしょり汗をかいている。
圭吾ちゃんは僕の左手首を強くつかんだ。
僕の肩を壁に押しつけ
僕の両足の間に片足を突っ込んで
自分の身体を寄せてくる。
僕の体に
圭吾ちゃんの体が
こすりつけられる。

これじゃあ
また同じだ。
いつもと同じだ。

イヤだ。
イヤだ。

圭吾ちゃんが
僕の体に手を触れる。

「あっ・・・」
「恥ずかしい奴。
イヤじゃねえじゃん。」

僕は前を抑えて真っ赤になる。

そのとき。
人の靴音が聞こえた。
圭吾ちゃんの動きが止まった。





「お兄ちゃん、ここだったんだ。」

聞き覚えのある声がして僕はほっとする。
圭吾ちゃんも僕の腕からさっと手をはずし
僕から体を離した。

「ジュース、まだなの?」
「ああ、悪い。」

何事もなかったかのように圭吾ちゃんは財布を取り出して
光るコインを投入口に入れ始めた。

「グレープだったっけ。」
「うん。
そっちの青い缶のほうね。」

そして美紀ちゃんは僕のほうを見た。
そしてにっこりと笑った。

「まあちゃん、また学校休んだでしょう?
こんなとこで遊んでたら先生に怒られるわよ。」
「うん、ごめん・・・。」
「後で宿題のプリント持っていってあげるね。」
「・・ありがとう。」
「晩ご飯はどうする?
今日もうちで食べるでしょう?」

僕は圭吾ちゃんから思わず目をそらした。
圭吾ちゃんが僕の顔を見たからだった。

「今日は遠慮しとく。
毎日毎日おばさんに悪いし・・・。」
「今日はエビフライだよ。
まあちゃんの分もお母さん作ってたよ。
どうせまあちゃんのおうちの人は遅いんでしょう、
今日も。」
「でも外で何か食べるから、いいよ。」

圭吾ちゃんが美紀ちゃんに缶を手渡す。
美紀ちゃんはにっこり笑うとその缶を僕に渡した。

「あげる。」
「おいおい、
美紀はどうするんだい?」
「やさしいお兄ちゃんがもう一本買ってくれると思う。」
「いいよ、美紀ちゃん、いいよ。」

そのとき
圭吾ちゃんはにっこり笑ってこういった。

「もらっとけよ、まあちゃん。
僕らの中で遠慮することなんでないさ。
だって僕らは
『兄弟』みたいなもんだろう?」






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