僕はやはりゲーセンひとりに残った。




しばらく美紀ちゃんとUFOキャッチャーをした僕は
ピンクのキティちゃんが取れた所で
それを彼女にあげて彼女らと別れた。
圭吾ちゃんから
ジュースなんてただでもらいたくなかったんだ。
1000円かけて取れたキティちゃんが
ジュース代だ。
僕はそう思った。

「ありがとう」

とてもにこやかに表情を崩す美紀ちゃん。
僕の気持ちはなんだか暖かくなる。

「一緒に帰ろう?」

美紀ちゃんは僕の手をとった。
そして僕にしなだれかかり
僕を連れて帰ろうとしたけれど
塾があるから、と僕は断った。

「じゃあ、ご飯は?
晩御飯食べにくるよね?」

彼女は何度もそういったけど
僕はただ謝った。

「今日はいけないんだ」と。

「じゃあ明日は?
明日はくるよね?」

そういう美紀ちゃんの瞳は
丸くて茶色い。
唇が赤くて
白い歯が見えていた。

僕はことばを濁しながら
何とか答えた。

「明日返事する。
もういきなよ。
圭吾ちゃんがまってるよ」

そのとき圭吾ちゃんはもう僕からは離れた所で
スロットを一人回していた。
短く刈り上げた髪の毛は前髪を少し残していて
ちょっと固めて立てている。
サッカー部だった圭吾ちゃんは
体がかなりがっしりしていて
触ると体がとても堅かった。

圭吾ちゃんのことを考えるとき
僕の体が
びくんと震えて
僕はとても悲しい気持ちになる。
怪しい感じが背中を走り
僕は泣きたい気分になる。

だけど
今見る圭吾ちゃんは
「普通の」圭吾ちゃんだ。
鼻が高くて
眉毛がきれいな
優しい美紀ちゃんのお兄さんだ。
今の圭吾ちゃんは
僕のことなど初めから気づいていないような
そんな涼しい顔をしていた。

僕はそんな圭吾ちゃんを見て思った。
やっぱり僕が
勝手に気にしすぎてるんだろうか。
圭吾ちゃんを怖がる
僕のほうがおかしいんだろうかと。

そんなことはない。
それは僕が一番よく知っているのに
僕は
僕は。



僕はポッケに手を入れる。
右のポケットにももちゃんが
左のポケットにカッターナイフが入っている。
カッターナイフの刃をきちきち言わせて
僕は心を落ち着ける。

僕の父親は単身赴任で全国を飛び回っていた。
お堅い国家公務員で
栄転栄転の繰り返しなんだと母親は僕に言った。
月に2度ほど戻ってくるけれど
金曜の深夜かえって
土曜は寝て
日曜の早朝に帰るという繰り返しだった。

母親もフルタイムで働いている。
一戸建てを買うためだ。

よく寂しくないの?と先生が聞くんだけど
そんなことを考えたことがない。

僕には
今の生活しか
経験がないのだから。

だからアパートのとなりの部屋に
美紀ちゃんたちが引っ越してきたときは
とても嬉しかった。
2年生のとき
美紀ちゃんが僕に挨拶をしたんだ。

「お隣同士仲良くしましょう。」って。

嬉しかった。

美紀ちゃんはよく日に焼けた子で
見た感じは男の子みたいなんだ。
いいたいことははっきりいうし
蛇やかえるも怖くない。

僕より体は小さいんだけど
なんだかお姉さんみたいなんだ。
僕らは毎日遊んだ。
トランプしたり
人生ゲームしたり
オセロをしたりして遊んだ。
一人でするテレビゲームも楽しいけれど
何人かでする遊びはもっと楽しい。

僕は学校で美紀ちゃんと遊び
家出もまた美紀ちゃんと遊んだんだ。
そして
美紀ちゃんには圭吾ちゃんというお兄さんがいたんだ。

三つ上の圭吾ちゃんは
勉強がよく出来て
僕らに算数を教えてくれた。
かなぶんの採り方や
青虫の飼い方を教えてくれて
とんぼの羽化を見せてくれた。
6年生のときは児童会長にもなった。
一緒にキャンプもしたし
海にも行ったんだ。

楽しかった。

この思い出が夢だったのか
それとも
今の僕の記憶が幻なのか

でも僕の手のひらには
今も
きられた傷がある。






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