1 僕の価値
一人でいると
僕の頭はおかしいのかなあ、と思ってしまう。
息をするのも邪魔臭くなって
このまま死んじゃえればいいな、と考える。
僕が今死んでも
この世の中は何にも変わらない。
死んだと知ってそのときだけは
かわいそうになんていう奴もいるだろうけど
葬式が終わって
家に帰ってテレビを見れば
もう笑っちゃうんだ。
皆が泣くから
なんとなく人の死がかわいそうに思うだけで
家に帰れば
アイドルの新曲のほうが大事なんだ。
隣のクラスの渡辺が
車にはねられたときも
女の子達は葬式の帰りにアイスクリームを食べに行った。
一人きりでいるよりも
大勢でいるほうが僕はさびしい。
黙っているよりも
誰かに語り掛ける方がむなしい。
死んじゃうよりもたぶん生きてるほうが
・・・悲しい。
僕はそう思う。
今僕の手のひらに乗っているのは
変にひしゃげたゴールデンハムスターのももちゃんの体。
昨日の夜まであたたかかったその体は
僕が今朝目覚めたら
つめたく硬くなっていた。
何でって思った。
部屋には暖房が入っていたし
夜はキャベツをかじっていた。
だけど命の消えたその体は
すでにふくらみをなくし
ふわふわだった毛皮も
べっちゃりした感じになっていた。
僕は
ももちゃんをなでたり
さすったりしてみた。
寒さによる仮死状態ではないかと
体を温めてもみた。
ももちゃんは薄目を開いた状態で
頬袋にはひまわりの種を溜め込んでいた。
口はしっかり閉じていて
でも
体はグニャグニャといろんな方向にねじれ曲がった。
ももちゃんが死んだ。
うらやましい、と思った。
その日
僕はやはり学校へ行かず
街に出た。
体の大きい僕は昼間に出歩いていても
PTAのおばさんに注意されることはない。
というか
僕のことを知ってる人が学校にいるか、謎だ。
今日は右のポッケにももちゃんを入れて
僕は駅前へと歩いていく。
黒いコートでなんとなく顔を隠して
僕は歩く。
ポッケで冷たい感触が
ころころと動いている。
新興住宅街の僕の町は
元からすんでる人同士も無関心で
僕の家でも話題はひとつしかない気がする。
・・・さんがマンション買った、とか
・・・さんが分譲地の抽選にあたったとか。
僕の両親は共稼ぎで
僕は幼稚園のころから一人であのアパートで
留守番をしつづけていたのだ。
僕は
いい子だと思う。
学校は休むけど
それでも適当に出席していて
先生に目をつけられないようにうまくやっている。
不登校の子供は多いんだ。
僕なんかまだそういう範囲じゃないんだと思う。
だから親も休んでるなあ、と思いつつも
学校から何もいわないからいいや、と思ってるんじゃないかな。
通信簿でみるのは成績のとこだけだしね。
僕は塾にはいくから
勉強はできるんだ。
学校に行かないことを
先生にごちゃごちゃ言われないために
僕は
勉強してるんだ。
僕は町を流す。
正月が終わり閑散としたとした商店街。
どこも不景気そうな顔をした店員が店の外を眺めている。
ひときわにぎやかなのはゲーセンだ。
僕は冷たくなった体を温めようとドアを開けた。
ジャラジャラというメダルの音と
明かりを落とした店内を走るネオンの光。
デジタル音が響き渡る。
こんな時間なのにいい大人も遊んでいるし
もちろん僕のような風貌のやつもいる。
僕はぼんやりコインを眺めている。
きらきら光るコインはきれいだけど
メッキの偽物だ。
何の価値もありはしない。
僕の着ている母親がどこかで買ってきたという
数万円もするコートだって
何とかというメーカーのシューズだって
外国製の伊達めがねだって
何の価値もないものだ。
値札がついていなければ
誰にも価値がわからない。
トレーナーの価値を示すには
ブランドのロゴを見せなきゃいけないんだ。
僕の価値は
どこにある?
僕はなんとなく店内を歩き回り
自販機の横のいつものスペースにもたれかかる。
自販機でウーロン茶を買い
僕はぼんやり立っている。
そっとポケットに手を入れると
冷たいももちゃんがいる。
さっきよりも堅くなった
冷たいももちゃんがいる。
僕は指先で何度も体を開いてやる。
硬直をはじめた体はすぐに丸まってしまう。
ももちゃんは生まれてきて幸せだったのだろうか?
ふとそういうことを考えてみた。
そのとき。
「まあちゃん」
と背後から聞きなれた声がした。
2004 2 2加筆
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