僕は駄目な人間だ。
僕の頭からその言葉が消えない。
僕は一時間目の授業が始まってから鉛筆を削り続けた。
カッターナイフをとりだして
いつまでもいつまでも削り続けた。
削るというよりは
切り刻んでいるのだ。
机の上に広げたプリントの上が削りかすであっという間に一杯になった。
ふと横を見ると
隣の席の女の子がちらちらと僕のほうを見ていた。
僕は自分がおかしくなっているのを彼女に見抜かれたと思い
慌ててそいつを丸めて机の中にしまいこんだ。
座っているのが辛かった。
学校から飛び出して
どこかへにげていきたかった。
まだなにもおこっていないのに
僕はこんなにも取り乱して一人でうろたえている。
そんな自分は駄目だ、と思った。
落ち着け、と思うのだけど
僕にはそれが出来なかった。
美紀ちゃんやなぎささんといる場所で
圭吾ちゃんが何を考えようと
僕に何かできるわけではなく
ありそうもないことを考えて苦しむ僕は
頭が悪いのだと思った。
そして僕は今はもう圭吾ちゃんとは「何もしていない」のだから
彼とあったとしても堂々としていればいいのだ。
自分が気にするから苦しいのであって
忘れれば苦しいことなどこの世にありえないんだ。
どういう流れでカラオケに行く話になったかわからないけれど
僕と美紀ちゃんは子供のころから一緒に遊んだ仲だし
そこに圭吾ちゃんがいてもおかしいことではない。
考えすぎる僕がおかしいのだと何度も僕は自分に言い聞かせた。
でも
僕の体はやはりおびえていた。
今までだって
圭吾ちゃんはずーっと普通だったんだ。
僕を大事にしてくれて可愛がってくれていたんだ。
弟のように。
その圭吾ちゃんが
突然僕を傷つけるのだ。
それは何がきっかけなのか予想もつかない。
このまま一生あわないですむのなら
そのほうがいいんだ。
今僕を傷つけない圭吾ちゃんが
明日もそうだとは思えないから。
「カラオケにはいけないよ。」
この一言を言えばいいのだ。
なぎささんと美紀ちゃんに。
僕の結論は出ていた。
危ないものには近づかない。
それしかないんだ。
僕は視線を上げて斜め前のほうのなぎささんのほうを見た。
絹のようなきれいな髪が背中に広がっている。
僕は彼女の笑顔を思い浮かべた。
そして
嫌われたくないと
思った。
昼休みに隣のクラスから美紀ちゃんがやってきた。
毎日のテニス部の活動で
ますます色が黒くなってて
白い歯が目立った。
「まあちゃん。」
僕は苦笑いをした。
「まあちゃんは止めてよ、学校では。
・・・久しぶりだね、
美紀ちゃん」
「ごめーん。
そうね、ずっと部活で忙しかったから。
雅人君だって絵を描いてるんでしょう?」
「ああそうだね。
文化祭があるから。」
美紀ちゃんはあたりをぐるっと見回した。
「なぎさちゃんは?」
「音楽部の集まりみたいだよ。」
「ねえ
なぎさちゃんからきいたでしょう?」
「え、ああ・・・
一応。」
「一度家に戻って着替えてから行こうね。
「そのことなんだけど・・・
僕
カラオケなんて向いていないし。」
「まあちゃん、それまあちゃんの悪いとこだよ。」
「どうして?」
「もっといろんなことをたのしまなきゃ。」
「苦手なんだよ。」
「美術部ったって殆ど一人で絵を描いてるだけだし
なぎさちゃんともあんまり話してないでしょう?」
「美術部・・一人じゃないよ・・・副部長さんがいつも一緒にいるよ。
なぎささんとは・・・少しは話してる。」
「副部長さん・・・3年の相田先輩?」
「うん。」
「おとなしい人だよね、静かな女の人」
「そう
でも絵はうまいよ」
「しゃべってる?」
「・・・ううん。
二人で黙って絵を描いている。」
「暗い!!
暗いよまあちゃん!
青春じゃないよ!!」
美紀ちゃんの言うことはいちいちオーバーで笑えてくる。
体育会系なんて言葉があるけどそれは彼女のことをいうんだろうなあ、と僕は考えた。
「あたしも今日は部活久しぶりに休みなんだ。
兄貴も彼女連れてくるしさ。」
「彼女?
本当?」
「そうだよ。
ほんとのところは兄貴が彼女と二人きりで間が持たないから
私達を誘ったんだと思うよ。
だから今日一緒に行こうよ。」
圭吾ちゃんに彼女が出来た?
僕は何度も美紀ちゃんに確かめた。
「そうか
それならいいかな・・・」
「でしょう?」
ガールフレンドの出来た圭吾ちゃんなら
もう僕を代用品にする必要もないよね、たぶん。
そのとき僕の横に誰かが来た。
それはなぎささんだった。
彼女はにっこりと僕に微笑みかけた。
「美紀さん、今日は。
なんだか楽しそうね。」
「なぎさちゃん今日は。
今日のことを話していたんだよ。
楽しみだね。」
「そうね。
明日は学校休みだし
ゆっくりあそびたいな。」
そのとき予鈴が鳴り
美紀ちゃんはあっという顔をした。
「やばっ、次体育だった。
きがえなきゃ。」
「早く行けよ」
「そだね。
今日は一緒に帰ろうか?」
「うん、いいよ。」
美紀ちゃんは手のひらをひらひらさせて
教室を出て行った。
僕はなぎささんの顔を見た。
きれいな茶色い瞳が僕を見ていた。
彼女は視線を落とすと自分の席のほうに足を向けた。
「雅人君・・・」
「え?」
「美紀さんとは楽しそうにお話するのね。」
「・・どういう意味?」
「別に・・・」
がらりとドアが開き
先生が入ってきて午後の授業が始まった。
窓の外には底抜けに高い秋の空が広がっていた。
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